育英雑感(その25)
大人になるということ
第2学年主任 板持 俊博
子どもの頃、いろんなことが自分一人の力でできないのは、「自分が子どもだからだ」と思っていた。大人になれば、自分のことは自分で決められるし、知識や技能も身について、人の力を借りる必要がなくなる。そういう意味で、「自分には無限の可能性がある」と思っていたのかもしれない。
ところがいざ大人になってみると、世の中はそう単純なものではないことに気づく。たしかに子どもより大人の方が自分でできることは多いけれど、大人には大人の「自分一人ではできないこと」がある。成長とともに住む世界が広がるわけだし、しなければならないことの難易度も責任の重さも、子どものそれの比ではないのだから当然のことだ。「大人になる」とは、「自分一人の力でできることには限界がある」ということを知ることなのかもしれない。
これは決して悲観的な話ではない。「自分一人ではできないこと=自分にはできないこと」ではないからだ。問題は、「自分一人ではできないこと」を成し遂げたいと思った時に、「力を貸してくれる人」がいるかどうか、そして力を借りたその相手が、その時の自分にとって「必要な力」を持っていて、その力を自分のために使ってくれるかどうかだ。仮にその人がその時に、あなたが「必要な力」を持っていなかったとしても、その人の「人脈」が、「力を持った別の人」とあなたとをつないでくれるかもしれない。「ふさわしい人を紹介できる」というのも、その人が持つ立派な「力」だ。そうして人とのつながりが広がれば、あなたの「見える世界」も「できることの範囲」も広がっていく。そして自分一人では到底できないことが、多くの人の支えや協力によって成し遂げられることになるのである。
要するに、人生の可能性というのは、「今の自分に何ができるか」によって決まるのではなく、「あなたのために動いてくれる人が何人いるか」によって決まるのだと言うことができる。もちろんこれは「な~んだ、そんなことか」という簡単な話ではない。当然頼んだ相手も自分の仕事やクリアすべき課題を抱えているわけで、あなたが頼みさえすれば、いつでもどこでも自分の問題を後回しにしてまであなたのために尽くしてくれる、なんてことはあるはずがない。結局は、あなたがその人にとって「協力するに値する人物であるか」、「いくら忙しくても『君の頼みなら』と思ってもらえる人物であるか」ということが問題なのだ。
では、どうすればそう思ってもらえるようになるのか。媚びを売ったりゴマをすったりすることでは決してない。そんなものはすぐに見抜かれる。ではどうすれば? 以下は私なりの答えだ。
①本気(覚悟)を見せる
思いつきやごまかしや子どもの夢のような話ではなく、「本気で成し遂げたいのだ」という意欲と、「そのためにこういうことをしようと思うのだ」という具体的なビジョンを示すこと。どんな困難が予想されようとも「やります・やれます・やってみせます」と言い切れる覚悟があるかどうか。
②頼まれごと(期待)に応える
人に何かを頼みたいなら、逆に自分が頼まれた時にしっかりとその期待に応えておく必要がある。 「力を『貸す・借りる』」と言うぐらいだから、「力」は一方的に贈与するものではなく、「貸し借り」するもの。「借りたものは返す(何なら利子もつけて)」というのが世の中のルールというものだ。
③礼を尽くし謙虚な態度を貫く
礼を尽くすとは、相手を敬い、相手を大切にするということ。自分が大切にされたいのならば、相手を大切にするのは当然のこと。謙虚であるとは、自分の限界を素直に認めて心を開くこと。あなたが心を開かなければ、相手があなたに何かを与えてくれることもない。
さて、高校3年間が、子どもから大人への変わり目の期間であるとするならば、君たちも「自分一人の力でできることには限界があり、いかに人を動かすかが肝心」ということに少しずつ気づき始めてもよいだろう。あなたがもし、「自分のことは自分でする」「人に迷惑をかけない」という目標を掲げて生きているのなら、それは実に子どもっぽいスローガンだということに気づいてほしい。そんなのは社会生活を営む上で「当たり前」のことであって、わざわざ目標に掲げるようなことではない。そこから大人になるためには、「人の期待を裏切らず、困った時にはちゃんと人に力を貸してもらえる」というスローガンの下で生きるべきだ。あなたが何かを成し遂げたいと思ったら、必ず誰かの力を借りなければならない。その時に、「誰がお前なんかに手を貸すか!」と言われてしまうような生き方(本気でない・頼まれごとを平気で断る・無礼で横柄)をあなたはしていないか。そういう生き方が「子どものわがまま」として許される期間はそう長くない。
さて、明日から育英祭である。生徒諸君は準備の過程で、「自分一人ではできないこと」の壁に幾度となくぶつかったことだろう。そんな時、あなたはうまく「人の力を借りる」ことができただろうか。「お前がやるなら手伝うよ」と言って動いてくれた人がどれぐらいいただろうか。あるいは逆に、仲間が困っている時、必要な「力を貸す」ことができただろうか。「人とのつながり方、信頼関係の築き方」を学ぶという意味で、学校という集団生活の場で経験するすべての出来事は、あなたが「大人になる」ための訓練の機会にほかならない。さあ育英祭。仲間と助け合い、一人ではできない大きなことを成し遂げる生徒諸君の姿を期待する。
教育目標に掲げられた、「自らを律する力と他を思いやる心」
「率先して行う勇気と協力して成し遂げる知恵」のあたりが「大人」への指標でしょうか