校名の由来

臣聞 愛子教之以義方 弗納於邪
          春秋左氏伝 隠公三年冬の項
 昔、中国の衛という所を、荘公という太公が治めていました。
 荘公には、桓公と州吁という2人の子がありました。
 桓公は兄で太子となり世継ぎをする定めになっていましたが、父親の荘公は州吁の方を大そうかわいがり、桓公をなかなか太子にしませんでした。
 州吁はそれをいいことにして、わがままいっぱいに暮らし、争いごとを起こしたり、武力を使って乱暴ばかりしていました。
 いくら乱れた行いを重ねても、愛に溺れてしまった荘公は、州吁をいさめ正しい行いをさせるようにしませんでしたので、見るに見かねて、家臣の長であった石しゃくが
「臣聞く、子を愛するものは、これを教うるに”義方”をもって邪にいれず。」
〈私は、昔の立派な人の教えとして「本当にわが子を愛し、育てていく人は、正しい行いをする子、”義方”にするように教え、しつけて悪の渕に落ちいらないようにすることだ。」と聞いております。〉
といって、太公をいさめました。その後、石しゃくの長子が州吁と仲よくなり、いっしょに間違った行いに熱中するなど困難なことが重なりましたが、石しゃくはくじけずいっしょうけんめいに努めましたので、念願がかないめでたく桓公の世になったので、安心して職をしりぞきました。
 ここの話は、世界の偉人といわれている中国の孔子が、乱れた世の中を正すため”春秋”という本に書いたものを、左氏という人が解釈した春秋左氏伝の隠公三年冬の項にのっています。
 

校訓

義方 剛健 仁愛 進取

 義方 正しい行いをする子
 剛健 強くたくましい子
 仁愛 おもいやりの心をもつ子
 進取 進んでものごとをする子
 

校歌

 校 歌
             作詞 西古 鶴寿
             作曲 永井 幸次
   一、義 方
 春俊爽の 伯耆富士  
秋錦繍の 月の海
 この景勝の 地にありて  
永久に歌わん 義方の名
 
   二、剛 健
 朝ほのぼの 霧はれて  
吾が行く道は 開けたり
 正義の旗を 堂々と  
高くかざして 進まばや
 
   三、仁 愛
 夕べみ空の 星影は   
吾等が行くて 示すなり
 仁愛の光 仰ぎつつ   いで同胞よ 諸共に

   四、進 取

 踏み行く道は 異なれど   教えのまこと みにつけて
 赤きこころの ひたすらに   高き理想に 進まなむ
 

校章

 

沿革

明治 6 創立開校
      寺町瑞泉寺と安国寺80名を収容して義方校
      妙善寺に女児20名を収容して知新校
明治11 寺町に新校舎落成
      義方、知新両校を合併して義方校となる
明治12 宮内大輔杉孫七郎が義方校を視察に来校し、書を揮毫
明治32 西町に新校舎落成
明治40 校旗制定
明治41 啓成校の新設によって校区改正
明治42 就将校の新設によって校区改正
大正12 校歌制定。西古鶴寿作詞
大正14 大阪音楽学校 永井幸次校長が来校して校歌曲譜を定める
昭和16 義方国民学校と改称
昭和19 本校校舎が官立米子医学専門学校に転用されることに決定
昭和20 角盤校跡地へ移転
昭和22 義方小学校と改称
昭和22 義方校父母と先生の会(PTA)創立
昭和23 義方少年赤十字団結成
昭和26 完全給食実施
昭和27 立町校舎第一期工事竣工式
昭和28 立町校舎第二期工事竣工式
昭和28 調理室竣工
昭和29 立町校舎第三期工事竣工式
昭和29 第20回初等教育研究会開催「道徳教育」
昭和32 体育館竣工式、全校舎完成祭
昭和32 中国地区実験学校研究会開催「道徳教育」
昭和33 水泳プール完工祭、プール開き
昭和33 第24回初等教育研究会開催「道徳教育と健康教育」
昭和35 給食室増改築施設整備が終わり、A型給食開始
昭和37 第28回米子市初等教育研究会開催「学習指導」
昭和42 第33回米子市初等教育研究会開催「国語、理科、図工、体育」
昭和46 中国地区統計教育研究大会開催
昭和48 第39回米子市初等教育研究会開催「算数、理科、体育、音楽」
昭和48 創立百周年記念式典挙行、百周年記念誌発刊
昭和57 第48回米子市初等教育研究会開催「国語、算数」
昭和58 創立百十周年記念式典挙行、百十周年記念誌発刊
昭和60 第二校舎改築完工
昭和61 第一校舎改築完工
昭和62 庭園・花園・教材園・造形砂場・飼育舎・テニスコート等完成
平成 2 新プール完成
平成 2 校庭排水工事完了
平成 2 第二校舎大規模改造完了
平成 3 下水道バイパス完了
平成 4 第58回米子市初等教育研究会開催「生活、社会、特別活動」
平成 5 創立百二十周年記念式典挙行
平成 6 米子市福祉教育研究発表会開催
平成 7 給食配膳室改築
平成 9 平成7・8年度文部省指定道徳教育推進校研究発表会
平成 9 第8回中国地区 13回鳥取県小学校道徳教育研究大会開催
平成10 体育館落成式
平成15 創立百三十周年記念式典挙行
平成16 校内LAN完成(全教室接続)
平成18 第70回米子市初等教育研究会開催「自ら学び、共に生きる義方の子」
平成22 第49回全日本特別教育研究連携全国大会鳥取大会第10分科会開催
平成23 第36回米子市人権教育研究発表会開催
平成25 少人数を活かす指導と学び創造事業研究発表会開催
 

義方小学校としゃち(鯱)

“しゃち”は、義方小学校のシンボルです。だから、本校の子どもたちは“しゃちっ子”とよばれています。
「しゃちっ子夏祭り」「しゃちっ子音頭」「しゃちっ子せんべい」など、“しゃち”にちなんで名づけられたものもあります。

米子城のしゃちと初代義方小学校長伊吹先生
 このしゃちは、江戸時代の終わりまで、米子城の四重やぐらの上にかざられていたものです。
 そのしゃちが、どうして義方小学校にあるのでしょう。
 初代校長先生、伊吹市太郎先生は、幕末新しい世の中をつくろうと動いた因幡二十士の一人で、新国隊の編成をまかせられた一人です。明治維新後、新国隊を解散した時、米子城をゆずり受けました。
 その後伊吹先生は、義方小学校初代校長に任じられたので、校舎の上にこのしゃちをかざろうと考えられ、もらい受けられました。
 だから、今もこうして義方小学校に大切に残されているのです。
                  『しゃち台座の説明書き』より
鯱の話
 寺町日下山瑞仙寺(義方仮校舎)の前面畑地に、鯱が棟に向かい合っているお城のような学校が落成したのは、明治11年9月14日である。
 落成当日の話であろう。湊山久米城の天守閣棟にあった鯱を、このお城のような学校の棟に乗せたいと、建築委員戸長長田喜平氏が言いだした。それは旧式だ。明治の御代に。と反対するものもあったが、長田さん頑張って鯱は新築校舎の屋根の上に揚げられる。揚げて見ると、お城のような建築によくうつるので、皆喜び合ったという。
 創立60周年記念の日に、創立以来60年伝わる鯱に因んだ焼物を記念品として配布したのも、意味あることではあるまいか。
                  『義方教育110周年記念誌』より  
(旧仮名遣い、旧字体は現在のものに変更)
          絵:義方校寺町校舎の復元画(昭和8年6月 内藤英雄先生画)
 
 

校区の概要

 米子市は鳥取県の西部に位置し、城下町として古い歴史をもつ人口約15万人の商都である。
 義方小学校区は米子市の南西部にある中海に面する市街地で、東西1.5㎞南北1.8㎞内にある26町区よりなり、小学校は校区のほぼ中心に位置している。人口は約12,000人、世帯数は約3,900世帯、米子市でも大きな校区であり、義方コミュニティ協議会による活発な地域活動で米子市のまちづくりの中核となっている。
 歴史的にみると、このあたりは、江戸時代から明治時代にかけては米子の中心地であった。米子は、伯耆18万石の大名中村氏の築城した久米城の城下町として発展したのであるが、久米城の郭内にあたる西町・内町・天神町、伯耆各地の城下町から移住させた尾高町・岩倉町、各地の寺院を集めた寺町、城下への街道筋にあたる角盤町・立町、米子港のそばの灘町などが中心であり、現在これらの地域は義方小学校区となっている。山陰の大阪と称せられるほど商業が盛んであったこの地区は、また、人材育成の必要に迫られ5軒の寺子屋が開かれるというほど、伯耆第一の寺子屋密集地でもあった。
 この教育熱心の伝統は今も生き続けており、校区の人々や保護者は、学校教育にたいする協力を惜しまない。義方小学校が、昭和27年の立町校舎移転以後、度重なる増改築をへて現在のような校舎になったのは、校区の方々の教育熱心の伝統の賜物である。
 義方小学校は、開校以来145年の伝統を誇り、「義方・剛健・仁愛・進取」の校訓のもと、多くの人材を輩出している。児童は明朗活発できまり正しく協調性に富み、よき校風を形成している。
 義方教育は、義方校区の方々が義方小学校に寄せられる信頼と期待、協力の上に成り立っていると言っても過言ではない。

 

学級編成と児童数

学級数…20学級
児童数…457人(2018年4月26日現在)

学年

学級数

1

34(2)

39(1)

73(3)

3

2

44

34

78

3

3

45(3)

39

84(3)

3

4

38

38(1)

76(1)

3
541(1)3980(1)3
627(1)39(3)66(4)2
きこえ・ひまわり(7)(5)(12)3

229

228

457

20

 ( )は内数で,きこえの教室・ひまわり学級の児童数
 

生活時程

準備中です。